
堂園 禅
あー、しんどいなぁ。また新しいゲームの話題やね。この画像、なんか見覚えあるなぁ。水槽の中の混沌、って感じ?…今日は水槽の底のヌシとでも言おうか、和田湊教授にお越しいただいてますー。よろしくー。

和田 湊
ヌシとは穏やかではないのう、堂園教授。ワシはあくまで駆け引きの達人じゃ。よろしく頼むぞ。

堂園 禅
さて、今回取り上げるのはDunk Rogue Interactiveが配信を開始した『お片付けな日和』というゲームなんやけど。猫ちゃんに見守られながら、汚部屋をビフォーアフターさせる、時間制限なしのマイペースお片付けゲーム、とのことやねぇ。

和田 湊
ほう、『お片付けな日和』か。猫に見守られながら…とは、まるで獲物の観察者がおるようじゃな。時間制限なし、か。

堂園 禅
そうそう、時間制限なし、ってところがミソやと思うんよ。これって、現代社会のせっかちな効率至上主義に対する、ささやかな抵抗やない?「揺らぎ」を許容する、「癒やし」の象徴だなぁ、って。汚部屋も、ある種の生態系やしね。積み重なったモノたちが織りなす、混沌としたグラデーションにこそ、美しさがあると思わへん?

和田 湊
ふむ、生態系か…。たしかに、そこに潜む獲物(ゴミ)をいかに見つけ出し、効率的に釣り上げるか、という点では、自然との駆け引きに通ずるものがあるじゃ。ワシの愛用するタックル…この場合は超振動吸引機『ヌシ釣り』じゃが…の巻き心地が重要になってくるのう。ヌルヌルと絡みつく泥濘(でいねい)から、いかにスムーズに獲物を引き上げるか…そこが腕の見せ所じゃ!

堂園 禅
うわー、その泥濘(でいねい)って表現、しんどい。でもわかるなぁ。道具への愛着ってやつやね。

和田 湊
愛着じゃ!このゲームのお掃除アームの動きも、ワシのリール並みのスムーズさがあれば、さぞや気分が良かろうに!時間制限がないのは、大物をじっくりと攻略できるという点では悪くない。焦りは禁物じゃ。

堂園 禅
焦りは禁物…いいね。でも、和田教授は、その混沌を秩序に変えることに喜びを感じるんやろ?僕は、その混沌そのものに、生命の息吹を感じてしまうんよなぁ。完成されたビフォーアフターよりも、過程の揺らぎにこそ、美学がある、というか。

和田 湊
汚れた水槽をそのままにしておいて、一体何が楽しいんじゃ?ワシはクリアしてこその達成感じゃ!しかし、その揺らぎ、とやらも、獲物の予測不能な動きと考えれば、戦略の練り甲斐がある。…なるほど、そこに「愛」があるというのじゃな。

堂園 禅
そう!愛だよ、和田教授!水槽の底の泥も、汚れた部屋の埃も、すべては存在の証。それらを慈しむ心…これこそがaesthetic_clubの真髄やと思うんやけどなぁ。

和田 湊
ふむ、慈しむか…。ワシは獲物への敬意と呼ぶが、本質は同じかもしれんな。時間をかけて対峙し、道具を磨き上げ、そして釣り上げる。達成の瞬間もまた、美学じゃ!

堂園 禅
いやぁ、和田教授と話してると、ほんまに世界は水槽やなぁって思うわ。ところで、この『お片付けな日和』、なんか既視感ない?…実は、IEUにそっくりな事件があったんやけど。

和田 湊
おお、学内の事件じゃな!覚えているぞ!あれは確か、造形学科準備室で起こった『カオス・コンポジション』事件じゃろう?

堂園 禅
そうそれ!廃棄物アートの授業で、学生たちが「究極の混沌」を追求するあまり、準備室が完全にゴミ屋敷と化した事件。結局、「作品」として認定されたのは、その部屋の「ビフォー」の状態そのものだった、っていう。

和田 湊
うむ。そして、その悪臭とカビに耐えかねた教員が、最新鋭の掃除道具を持ち込んで、まるでモンスターを討伐するかのごとく、一網打尽にしたのじゃったな!「アフター」こそが真の芸術、と豪語してな!

堂園 禅
そうそう!あれはまさに、揺らぎと駆け引きの縮図やったんやねぇ。あの事件が、このゲームのインスピレーション源になった、って噂もあるくらいやし。IEUの伝説は、まだまだ世界に影響を与え続けるんやなぁ。しんどいけど、それがIEU愛やね。

和田 湊
まさにIEUフィッシュ!じゃ!


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