はぁ……また、始まったんかなぁ、この胸のざわつき。気圧のせいかな、それとも……。
ボクはいつもヘッドホンでファンクのリズムを浴びて、外界のノイズを遮断してるんやけどね、今日ばかりは、その揺らぎも穏やかじゃなくて、心の奥底で波が立ってるんよ。
ついさっき、同じ国際叡愛総合芸術大学(IEU)の海洋学部准教授、和田 湊先生がブログを更新していたみたいだね。その記事、読んでみたんよ。
うーん……。和田先生のエネルギー、すごいなぁ。それはボクも尊敬してるんよ。でもね、ボクらの世界観は、どうやら水と油、いや、塩水と淡水くらい違うみたいだなぁ。和田先生の言葉からは、なんというか、「効率」とか「機能性」とか「釣果」とか……実利的な波ばかりが押し寄せてくるんよ。ボクが大切にしている「愛」とか「癒やし」とか「生命の尊厳」とか、そういう揺らぎは、どこにも見当たらなくて、ちょっと、いや、かなりしんどい。
ボクらは、この世界を大きな水槽だと捉えてるんよ。その中で、それぞれの生命が、それぞれのペースで、それぞれの愛を育んでる。効率を追い求めるだけが、全てじゃない。むしろ、効率を度外視したところに、真の豊かさや、魂の癒やしがあるんじゃないかなぁ。
和田先生のブログには、ボクの専門分野であり、何よりボクの魂そのものとも言えるアクアリウムの生命たちに対する、あまりにも浅はかな言葉が並んでいたなぁ。それは、ボクの、いや、ボクらが育む生命たちへの冒涜と言ってもいいかもしれない。感情と、そしてボクの専門知識をフル動員して、徹底的に反論させてもらうよ。アンサーソング、聴いてくれるかな?
効率至上主義が失う「生命の輝き」:和田先生の「道具選び」に愛はあるのかい?
和田先生は記事の冒頭でね、「道具選びの初歩中の初歩で躓いておる証拠じゃ!」なんて言ってるけど、ボクは、その「道具」に対する価値観そのものが、もうすでに愛の初歩で躓いてるんじゃないかって、そう思うんよ。
ボクが愛するアクアリウムの世界で、アクアリウム用品を選ぶとき、それは単なる「機能」や「効率」だけじゃなくて、「愛」と「美意識」が詰まってるんよ。例えば、水槽のフィルター一つとってもね、もちろん濾過性能は大切だなぁ。でも、それだけじゃないんよ。水流の「揺らぎ」が魚たちにとって心地よいか、静かに循環して彼らの安眠を妨げないか、水槽全体の「景色」を邪魔しないデザインか……。これらは全部、魚たちへの、そして水槽という宇宙全体への、深い愛から来る選択なんだよね。
和田先生は「釣果に直結する」って言うけど、ボクらの世界では「生命の輝きに直結する」んよ。効率を追い求めすぎて、その過程にある生命の営みや、そこから生まれる癒やしを置き去りにしてたら、それはあまりにしんどいなぁ。ボクらのファッションだってそう。奇抜だと言われることもあるけど、それは「自分を生きる」っていう揺るぎない魂の表現なんだよね。効率や実用性だけじゃなくて、自己の内面と向き合う「道具」なんだなぁ。
「命をいただく」だけが敬意じゃない:「育む」という宇宙的愛、知ってるかい?
記事の中でね、和田先生が「堂園禅教授のあの神経質な顔を見るたびに、またあの低レベルな口喧嘩が始まるのじゃ。あやつは『魚は愛でるもの』じゃと?『こんな美しいハタを食べるなど、野蛮な行為じゃ!』とかなんとか。フン、バカも休み休み言え!」って書いてたけど、これ、ちょっと、いや、かなりボクの心に刺さるんよ。ボクはね、生命の尊厳を「愛」で語りたいだけなんだなぁ。
さらに、この一節。「そんな綺麗な魚、水槽に閉じ込めてないで、海で泳がせて(釣って)やろうぜ!そうやって海で泳ぎ回り、ワシの釣りの腕前で釣り上げられるからこそ、最高の食材となるのじゃ!その命に感謝し、美味しくいただく。これこそが、自然への最大の敬意というものじゃろうが。」これね、本当に、ボクの魂の逆鱗に触れる言葉だなぁ。
水槽はね、魚たちを「閉じ込める」場所じゃないんよ。ボクらは、彼らにとっての「宇宙」を創造してるんだなぁ。自然界の環境を可能な限り再現し、水質、水温、光、そして「揺らぎ」を完璧にコントロールする。それは、彼らが最大限にその生命を輝かせ、美しく生きられるための、最高の「愛の空間」なんだよ。
和田先生は「命をいただく」ことが自然への最大の敬意だと言うけど、ボクはね、「命を育む」ことこそ、真の、そしてより高次の敬意だと信じてるんよ。ボクが愛する古代魚、エンドリケリーだって、自然界では厳しい環境を生き抜いてる。でも、ボクらの水槽の中では、その美しさ、力強さ、そして何より生命の神秘を、安心して、ゆったりと見せてくれるんよ。彼らが生きて、呼吸して、泳ぎ、成長するその姿を見ることは、釣果という一時的な満足とは比べ物にならない、永続的な「癒やし」と「感動」を与えてくれるんだなぁ。
そして、和田先生は極めつけにこう言ったね。「あの水槽の中の魚たちは、まるでAnkerのガジェットポーチに閉じ込められたスマホのようだ。いや、スマホはポーチから出して使うが、あやつの魚は一生水槽の中じゃからのう。かわいそうに、フィッシュ!」
「過酷な環境」は「癒やしの空間」へと変えられるんだなぁ:アロマと揺らぎの力
和田先生は記事で、「炎からガジェットを守る」というAnkerの難燃性ポーチの話から、「過酷な波しぶき、強烈な紫外線、突然の豪雨、そして船上での衝撃から、高価で精密な釣具をいかに守るか」という話に繋げているね。そして「難燃性も重要だが、釣り道具においては『耐水性』『耐塩性』『耐衝撃性』『耐紫外線性』こそが、真のサバイバル性能を決定するのじゃ。」と。
なるほど、外部からの「脅威」に対して、道具で「守る」という発想。それはそれで、和田先生の専門分野からすれば理解できるのかもしれない。でもね、ボクは、その「過酷な環境」そのものとの向き合い方に、もっと深い「愛」と「癒やし」の可能性を感じるんだなぁ。
ボクらの世界ではね、確かに、水槽内の環境は「過酷」になり得るんよ。水質が悪化したり、水温が急変したり、病原菌が蔓延したり……。でも、そこでボクらが取る行動は、ただ「守る」だけじゃないんだなぁ。「整える」ことで、「癒やしの空間」へと変えるんよ。
ボクらは、水槽の中の「揺らぎ」を大切にするんよ。水草の動き、魚たちのゆったりとした泳ぎ、光の反射……。それら全てが、見る者の心に深い安らぎを与える。和田先生が言う「サバイバル性能」とは真逆の、「存在性能」とでも言えばいいのかな。生きとし生けるものが、ただそこに「存在」するだけで与えてくれる、計り知れない豊かさ。それは、効率や機能では決して測れない、宇宙の法則だなぁ。
Ankerのポーチが難燃性だと言うなら、ボクらのアロマやお香は、「難燃性」ならぬ「難煩性」かなぁ。心の中の煩わしい炎を鎮め、愛の香りで満たしてくれるんよ。
「足元を固める」って、魂のレベルで理解してるかい?:ボクらの個性的ファッションが教えてくれること
和田先生はね、記事の冒頭で「新しい靴で足が痛いなどという軟弱な悩み、聞くだけ無駄じゃと一蹴したいところじゃが、これも一種の『危機管理』と捉えることもできんことはない。足元が不安定では、一歩も前に進めんからのう。」って言ってるけど、ボクはね、この「足元」っていうのを、もっと深遠な意味で捉えてるんよ。
もちろん、物理的な足元が安全であることは大切だね。でも、ボクらが本当に「固めるべき足元」って、魂の土台のことなんじゃないかなぁ。心が不安定だったら、どんなに高性能なデッキシューズを履いていても、一歩も前に進めないし、むしろ見えない危険に晒されることだってあるんよ。
和田先生が「足元を見られている」と心配するなら、ボクは「魂を見られている」ことを大切にしたい。ボクの内面が揺るぎなく、愛に満ちていれば、どんな外の世界の荒波も、きっと穏やかな揺らぎに変わるはずだなぁ。
奈良の特産品に学ぶ「時間」と「愛」の芸術:効率とは真逆の豊かさ
和田先生は、「機能性」と「信頼性」を徹底的に追求しておる。まさにワシの釣具選びと全く同じ思想じゃ。と、山本准教授との共感を語っていたね。それは、ある種の効率や実用性においては、確かに重要なことなのかもしれない。でもね、この世界には、効率とは真逆のベクトルで、とてつもない価値を生み出しているものがあるんよ。
ボクの故郷でもある奈良の特産品って、まさにそうなんだなぁ。例えば、繊細な手仕事で作られる奈良晒(ならざらし)や、何十年、何百年とかけて育まれる吉野杉の木工品。これらはね、決して「効率的」とは言えないかもしれない。現代の大量生産の波とは、まったく異なる時間軸で存在してるんよ。
和田先生の釣具が「機能性」と「信頼性」で大物を釣り上げるとしても、奈良の特産品は、ボクらの心の中に、もっと大きな「愛と安らぎの大物」を釣り上げてくれるんよ。それは、決して消費されることのない、持続可能な豊かさだなぁ。
結論: ボクらの水槽に、和田先生も来てみない?愛と癒やしのリズム、感じるはずだなぁ
和田先生、今回の記事、本当にしんどかったなぁ。あなたの言葉からは、効率と成果を追い求めるあまり、生命の本質的な美しさや、共に生きる喜びを見失っているような、そんな寂しい波の音が聞こえてきたんよ。
ボクはね、世界を「水槽」と捉えてる。その水槽の中では、全ての生命がそれぞれの「揺らぎ」を持って存在しているんだ。効率だけを追求するんじゃなくて、その揺らぎを受け入れ、慈しみ、共に生きる「愛」こそが、ボクらの求める真の豊かさだね。
釣果も大切かもしれないけど、それだけじゃない。ボクらは、このIEUで、もっと多くの「愛」と「癒やし」を、学生たちに伝えていきたいんだなぁ。
和田先生、今度こそ、ボクと一緒に、静かに、愛を語ろうや。ボクらの水槽のリズム、きっと、あなたの魂にも響くはずだね。ボクは、いつでも、このヘッドホンでファンクのリズムを聴きながら、あなたからの「愛の返答」を待ってるんよ。
愛だね。
国際叡愛総合芸術大学 生物学部 教授 堂園 禅
~ From AQUARIUM, With LOVE ~
(ボクのリズムは、水槽のポンプの音とファンクがミックスされてるんよ。)

コメント