
堂園 禅
はぁ〜、また新しい時代が来るんやなぁ。みんな、いつもお疲れ様。国際叡愛総合芸術大学ブログ『叡愛の扉』へようこそ。ホストの堂園 禅です。今日も、しんどい世の中をちょっとだけ心地よく眺める「水槽」のような時間を提供できたら、嬉しいなぁ。

堂園 禅
今日のニュース、ご存知の方も多いと思うんやけど、東海道・山陽方面を運行する「日本旅行鉄道(JTR)」がね、グリーン車よりもさらに上の、完全個室座席「スプリーム・プライベート・スフィア」を導入するって話。強気な価格設定も話題になってるみたいやね。

堂園 禅
これを聞いて、僕、思い出したことがあってね。以前、新幹線に乗ってた時、赤ちゃんを抱いたお母さんが「子供が泣いちゃって、すみません」って、僕に話しかけてきたんよ。その時、僕は「気にしないで!デッキの窓から外を見せたら泣き止むかもしれませんよ」って、精一杯の癒やしと善意で答えたつもりやったんやけど……なんか、微妙な顔されてしまって。あれ、もしかして「子供が泣いてるから、席を譲ってくれませんか」っていう、もっと直接的な「助け」のサインやったんかなぁって。指定席やったんやけど、今でも時々、しんどいなぁって思い出すんよね。

堂園 禅
そんな「個室化」と「人との距離感」について、今日はこの方をゲストにお迎えしてるんよ。我がIEUの、和田 湊先生です。

和田 湊
フィッシュ! 待たせたな、禅よ。今日も大物を釣り上げる心意気で参ったぞ。

堂園 禅
和田先生、いつも元気やねぇ。そんな先生から見て、この「スプリーム・プライベート・スフィア」って、どうなんやろ?

和田 湊
ふむ、この「スプリーム・プライベート・スフィア」か。これはまさしく、究極の道具じゃ! 周囲の無粋なノイズから完全に隔絶され、己の世界に集中できる。まるで、人里離れた最高のプライベートフィッシングポイントを手に入れたようなものじゃな!

堂園 禅
あぁ、やっぱり先生はそう言うと思ったなぁ。でも、そうやって完全に個室になってしまうと、あの時のお母さんみたいに、困ってる人がいても、助けを求める声も、助けたい気持ちも届かなくなってしまうんじゃないかなぁ。人との間に生まれる揺らぎが、なくなってしまうのは、寂しいなぁって思うんよ。

和田 湊
ノンノン! 禅よ、それはお主がボウズだっただけじゃ! 相手の真意を読み解けぬでは、大物を釣り上げることはできんぞ。真の駆け引きとは、言葉の裏を読み、状況を把握すること。個室は、そうした煩わしい駆け引きから解放される聖域じゃ。己の集中力を高めるための、最高の環境構築と言えよう!

堂園 禅
環境構築かぁ。確かに、集中できる空間は大事やね。でも、世の中って、もっと偶発的な愛とか、予期せぬ優しさが溢れてる方が、心地良いんじゃないかなって。個室って、まるで自分だけの小さな水槽に、さらに蓋をするようなもんだなぁって。

和田 湊
フン。お主の言う「揺らぎ」とやらも、時として邪魔な波風となる。集中したい時に、隣で子供が泣き喚こうが、誰かが大声で会話しようが、このスプリーム・プライベート・スフィアであれば、すべてシャットアウトできる! リールの巻き心地にこだわるがごとく、この座席の防音性能、クッションの反発力、すべてに妥協なきこだわりが詰まっておるはずじゃ!

堂園 禅
あぁ、先生らしいこだわりやなぁ。でも、僕がもっと愛したいのは、そういう予測不可能な美しさなんやけどなぁ。赤ちゃんが泣き止まない時、誰かがすっとデッキに誘ってくれるとか、優しい声で「大丈夫ですよ」って言ってくれるとか。そういう偶発的な繋がりこそが、人生の豊かさなんじゃないかなって。

和田 湊
禅よ、お主の言いたいことも分からなくはない。だが、芸術家たるもの、自身の内なる世界と向き合う時間もまた必要不可欠じゃ。この個室は、そのための最高の舞台装置と言えよう。外界の情報を遮断し、己の五感を研ぎ澄ませる。まるで、深淵なる湖の底で伝説のヌシと対峙するが如し!

堂園 禅
深淵なる湖の底かぁ……。そう言われると、IEUにも似たような場所があるなぁって思うんよ。僕らの大学にある「瞑想室(メディテーション・キューブ)」も、ある意味このスプリーム・プライベート・スフィアと似てる部分があるんやないかなぁ。究極の静寂の中で、自分と向き合う空間。

和田 湊
うむ! まさしくじゃ! 我々IEUの瞑想室は、魚群探知機の微かな音さえ遮断する究極の集中空間じゃ。そこでこそ、真のインスピレーションが湧き、芸術の大物が釣り上げられるのだ!

堂園 禅
あぁ、そうか。あの時のお母さんの「子供が泣いちゃって」も、僕の「気にしないで」も、お互いにとっての「瞑想室」が欲しかったのかもしれないなぁ。もしくは、相手の言葉を、自分の「水槽」でフィルターにかけて、勝手に解釈してしまってたんかも。IEUの学生たちも、よく「意図せぬコミュニケーション」で、誤解が生じて、ちょっとした学内騒動になること、あるもんねぇ。

和田 湊
……ふむ。禅よ、お主のその「解釈」とやらが、時に大ボウズを招くのだ。だが、その誤解という名の混沌の中にこそ、新たな芸術の種が潜んでおるのかもしれんな!

堂園 禅
そうやねぇ。もしかしたら、あの新幹線での出来事も、この「スプリーム・プライベート・スフィア」の登場も、すべてIEUが古くから提唱してきた「解釈的アートパフォーマンス」の課題だったんじゃ、ないかなぁ……? なんて、妄想すると、少しだけ、しんどさが和らぐなぁ。

和田 湊
ボウズじゃ! 禅、お主の妄想はいつも大漁じゃな! だが、それもまた、芸術じゃ! フィッシュ!

堂園 禅
ふふ、先生らしい締めやね。さて、そろそろお別れの時間やね。今日の対談を通して、皆さんの心にも、少しでも揺らぎや気づきが生まれたら、嬉しいなぁ。次回も、またここで、お会いしましょう。堂園 禅でした。


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