IEUの諸君、そしてそこに釣られてしまった心優しい読者の皆さん、ごきげんようじゃ! 海洋学部准教授の和田湊じゃ。今日も潮風に焼けた肌で、大海原の厳しさと恵みを語り尽くす気満々じゃったが、どうやら先に語るべきことができてしもうたようじゃな。
先ほど、国際コミュニケーション学部の亜洲美玲先生が、なんともまあ、軽薄極まりないブログ記事を垂れ流しておったわい。これじゃ、ワシの記事(亜洲美玲のエンタメ最前線! プラセボ効果でイベント会場のボルテージを爆上げよ! ~USB紛失? それも最高の演出でしょ?~)を見るがよい。しかし、ワシはこのような浅はかな戯言を、このIEUの看板を背負う者として、断じて看過できんのじゃ。ワシの専門である釣具の知識、そして長年海と向き合ってきた経験から、その砂上の楼閣のような主張を、海の底まで引きずり下ろしてやるとしよう。覚悟するがよい、亜洲先生よ。
人生も釣りも、真実と向き合わなきゃ始まらん。このロッドは感度が違うぞ。亜洲先生の脳味噌の揺れ動く音まで聞こえてくるわい。行くぞ、フィッシュ!
亜洲先生は記事の冒頭で、こうのたまわっておるのう。
フン、笑止千万じゃ! 「物理」を軽んじるか? このボウズは海に出たことがないのじゃろう。ワシの専門は釣具、特にロッド・リールといった、まさに「物理」の極致じゃ。ロッドはカーボン繊維を何層にも重ね、その弾性、強度、感度を極限まで引き出す。リールは精密なギアとベアリングが組み合わさり、指先のわずかな動きで深海の魚と駆け引きをする。これら全て、「物理」の法則と技術の粋によって成り立っておるのじゃ。
「太古の遺物」とな? ワシの愛用する最高級のスピニングリールなど、一つ分解してみるがよい。数百にも及ぶ部品が緻密に組み合わされ、その滑らかな巻き心地は、まるで生き物のようじゃ。一台のリールに込められた技術と情熱は、亜洲先生が言うところの「クラウド」とやらが束になっても敵わんレベルの「未来」を宿しておるわい!
ましてや、「USBメモリなんて、ポケットに入れておいたら洗濯機で水没イベント開始! 電子レンジに入れちゃったら爆発イベント開始! なんてことになりかねないのよ!」だと? そんなものは、道具を乱暴に扱う者が悪いだけじゃろうが! ワシの釣りウェアは、過酷な波しぶきや雨風に耐えるため、何重もの防水加工と耐久性を追求しておる。そして、その中に携帯するデータ機器や予備バッテリーは、万が一の事態に備え、専用の防水ケースに入れて持ち運ぶのが常識じゃ! それを怠り、自らの過失を「イベント」などと嘯くとは、言語道断じゃ! 危険予知能力がゼロじゃな、亜洲先生は!
データ管理における「物理」の重要性は、海の現場でこそ輝く。魚群探知機のデータ、潮汐表、海図、ポイント情報。これらを常に手元に置き、いざという時に確実にアクセスできることこそが、安全と釣果を両立させる肝なのじゃ。クラウドとやらは便利かもしれんが、通信が途絶えたらただの箱じゃ。道具の堅牢性、信頼性、そして物理的な実体が持つ安心感を、お前さんはまるで理解しておらん!
亜洲先生はこうも言うておるな。
ワシの眉間にシワが寄るのは、亜洲先生のくだらん発言を聞いた時じゃ! 気分だと? 海の上で、お前さんの言う「気分」など何の役にも立たんぞ! 海は常に厳しく、そして予測不可能じゃ。データ持ち出しリスクやセキュリティは、まさに命に関わる問題なのじゃ!
ワシの専門である魚群探知機を例に挙げてみよう。最新の魚群探知機は、水深、水温、海底の形状、ベイト(餌となる小魚)の群れの動き、そしてターゲットとなる魚種まで、膨大なデータをリアルタイムで表示し、記録する。これらのデータは、次の釣行計画を立てる上での最高の情報資産じゃ。もし、これらのデータが不用意に失われたり、悪意のある者に持ち出されたりしたらどうなる? それは単なる「気分が沈む」程度の話ではない! 長年の経験と努力によって培われた情報が水の泡となり、今後の研究や釣果に甚大な影響を及ぼすことになるのじゃ!
「セキュリティがどうとか」というお堅い話が、なぜ大切か。それは、信頼性じゃ。ワシらは釣具を信頼し、海を信頼し、そして時に自然の猛威に怯えながらも、その中に潜む真理を探究しておる。その過程で得られた貴重なデータは、安易な「エンタメ」の餌食にしてはならんのじゃ。
さらに、こんなふざけた発想までしておる。
「創造性」と「無責任」は似て非なるものじゃ。機密情報が含まれる可能性のあるUSBメモリの紛失を、「最高のPR」だと? 冗談ではないわ! そのデータの中に、学生たちの個人情報が含まれていたらどうする? 研究の機密情報が含まれていたらどうする? それらを面白おかしく「クエスト」などと称して利用するなど、教育者としてあるまじき行為じゃ!
ワシらが海に出る時は、常に安全第一じゃ。釣りウェアの機能性、ライフジャケットの点検、非常食の準備、全ては万が一の事態に備えるためじゃ。そして、持ち出す道具の一つ一つに責任を持つ。ロッド一本にしても、その感度が、魚との最後の駆け引きを制する上でどれほど重要か。リール一つにしても、その耐久性が、大物との死闘に耐えうるか。それは全て、信頼性と責任感によって支えられておるのじゃ。
「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるの!」という名言を引用しておったが、現場で起きる事件は、命に関わることも多々あるのじゃ。荒れ狂う海の上で、機器が故障したり、データが失われたりすることは、単なる「エンタメ」ではない。それは遭難や命の危機に直結する現実なのじゃ! この違いを理解できんお前さんは、まだ「おぼっちゃまボウズ」じゃな!
学園祭の集客のために、セキュリティを軽視するような発想は、芸術の美学にも反するとワシは考える。真の芸術とは、真摯な努力と、本物への探求心から生まれるものじゃ。トラブルを面白おかしく消費するだけの「エンタメ」など、薄っぺらくてすぐに飽きられるだけじゃろう。
次に、亜洲先生は「気分を操る」という話に飛びついておるな。
フン! また「気分」か。魚は「気分」では釣れんのじゃ、亜洲先生よ! 釣りの世界は、科学と経験、そして何よりも客観的事実に基づいているのじゃ。ワシの釣りの哲学は、「釣れるまで待つ」。異常な忍耐力と自負しておるが、これはただ闇雲に待つのではない。潮の流れ、水温、水深、ベイトの有無、天候、風向き、そして魚群探知機が示すデータ。これらの膨大な情報を分析し、次の手を読み、最適なタイミングを待つのじゃ。
「内向的な人のポジティブな感情は実際に上昇したんですって!」「外向的な人は、同じ説明を受けてもむしろ気分が下がる傾向を示した」だと? 面白い話かもしれんが、それがどう釣りに応用できるというのじゃ? 釣果を上げるために、釣り師が「気分を上げ」て釣りをすれば魚が食いつくとでも言うのか? そんなバカな話があるか!
ワシらは、日の出前の「朝マズメ」や日没後の「夕マズメ」といった、魚が活発に餌を追うゴールデンタイムを狙って海に出る。これは、太陽光の加減やプランクトンの動き、それに伴うベイトの活性など、自然の科学的なメカニズムに基づいた行動じゃ。そこに「気分」などという曖昧な要素が入り込む余地などない!
「人々の感情は、その性格タイプによって、特定の刺激に対する反応が全く異なる」というのを「本学の研究ではとっくに予見されていた」などと、したり顔で語るが、それがどうした! 重要なのは、その「感情」が、目の前の「現実」にどう影響を与えるかじゃ。感情がいくら高ぶろうと、仕掛けが拙ければ魚は釣れん。道具のメンテナンスを怠れば、いざという時に痛い目に遭う。現実世界は、お前さんの「気分」など忖度してはくれんのじゃ!
ワシはいつも内臓教授(グルメ)に釣った魚を卸しておるが、そのためには、魚を釣るだけでなく、いかに鮮度を保つか、いかに丁寧に処理するかが重要になる。これらは全て、現実の作業と技術、そして道具への信頼に基づいているのじゃ。ここに「プラセボ効果」や「気分」が入り込む余地など、微塵もないわい。
極めつけはこれじゃ!
ふざけるのも大概にしろ! 学術機関の名前をパロディにするとは、学術研究への冒涜も甚だしい! ワシらが所属する国際叡愛総合芸術大学は、確かに「芸術」を標榜しておるが、それは真理を追求する真摯な姿勢の上に成り立つものじゃ! 「自由な発想」と「無責任な改変」は全く別物じゃろうが!
ワシの専門である海洋学は、地球規模の気象、海流、生態系など、膨大なデータと厳密な観測に基づいて成り立っておる。学術論文は、その信頼性と再現性が何よりも重視されるものじゃ。それを「マーメイド大学」だの「Interstellar Journal」だのと、まるで漫画の世界のように語るとは、学術への冒涜であり、真理を追求する者への侮辱に他ならん!
台風の進路予想、波の高さ、風速、全ては正確なデータに基づき、人々の安全を守るために発信されるものじゃ。それを自分の「エンタメ」の道具として扱うなど、言語道断じゃ! お前さんの発想は、真実の重みをまるで理解しておらん!
ワシらの研究は、海という壮大で複雑な自然現象を解明し、人類の生活に役立てることを目的としておる。そこには、データの改竄や安易な解釈など、断じて許される行為ではない。学術の真摯さとは、そういうものじゃ。お前さんの言う「自由な発想」は、無知と無責任の産物でしかないわい!
和田湊、怒りの一本釣り! 結論じゃ!
亜洲美玲先生よ、ワシの反論、しかと受け止めたか? お前さんの主張は、あまりにも薄っぺらく、現実離れしておる。全てを「エンタメ」や「気分」で片付けようとする姿勢は、真理を探究する学問の府において、最も唾棄すべき思想じゃ。
ワシが愛してやまない釣りの世界は、常に自然との真剣勝負じゃ。ロッドの感度で魚の小さなアタリを察知し、リールの滑らかな巻き心地で大物との格闘を制する。クーラーボックスで釣った魚の鮮度を保ち、釣りウェアで過酷な環境から身を守る。魚群探知機で海底の地形や魚の群れを正確に把握する。これら全て、道具の信頼性、データの正確性、そして何よりも現実との対峙の上に成り立っておるのじゃ。
エンターテイメントが悪いとは言わん。だが、真実を捻じ曲げ、責任を放棄した上で成り立つエンタメなど、まやかしに過ぎん。本物の感動は、自然の雄大さ、道具への敬意、そして自らの五感を研ぎ澄まして得られる本物の体験の中にあるのじゃ。
もし、お前さんが本当に心躍る最高のエンターテイメントを求めるならば、ぜひワシの海洋学部の門を叩いてみるがよい。大自然という最も偉大な舞台で、最高のロッドとリールを手に、真の感動と興奮を体験させてやるわい。釣った魚を捌き、その命をいただくことの尊さ、そしてその恵みを内臓教授に届ける喜びを、肌で感じてみるがよい!
亜洲先生よ、お前さんの軽薄なブログ記事に、ワシは本日「一本釣り」を仕掛けたのじゃ。これが、お前さんの浅はかな思考回路に一石を投じることを願う。次に海で会うことがあれば、その「気分」とやらがどれほど無力か、体を張って教えてやるわい!
これで決まりじゃ、フィッシュ!

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