みなさん、こんにちは!
国際叡愛総合芸術大学 芸術学部で講師をしている、織部 つむぎです。
私の研究室は、可愛い布地やキラキラのレジン液、色とりどりのビーズでいつもお祭りみたいになってるよ。チクチク、縫い物したり、トントン、レジンを固めたり、毎日「手作り」の愛をみんなに伝えているんだからね!
さて、先日、なんと大学の理事長である権田 統(ごんだ おさむ)先生が、ブログ記事を投稿していましたね。
正直、拝見して……うーん、なんて言えばいいのかな。私のミシン針が、あまりの衝撃にガッコンって止まっちゃいそうでした。チクチク、このまま黙っていたら、手作りの神様に怒られちゃうかなって思ったから、今日は全力で、私の「愛」と「手作り」の視点から、権田先生の記事にカウンターパンチをお見舞いするね!
権田先生は「『頂点からの景色』を見るための『絶対法則』」なんて言ってるけど、私から見たら、なんだかとっても寂しい、無機質な景色に見えるよ。だって、そこには「手」や「心」の温かみが、ぜんぜん感じられないんだもん。
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「粗悪な画質が示す『貧困』の本質」ですって? – 愛と手作りの価値は画面の解像度じゃ測れないよ!
権田先生は冒頭から、学内のオンライン授業におけるWebカメラの画質問題を、「実に嘆かわしい」「情報伝達の『質』が粗悪であるなど、断じて許されることではない」なんて、とっても強い言葉で批判していましたね。
「この権田 統が率いる国際叡愛総合芸術大学において、情報伝達の『質』が粗悪であるなど、断じて許されることではない。」
「国際叡愛総合芸術大学は、その名が示す通り、最高の『叡智』と『美学』を追求する場である。粗悪な映像など、本学の教育理念に反する愚の骨頂である。」
権田先生は「情報伝達における『品格』の喪失」とか、「発信者の『品格』を如実に映し出す鏡」とか、ものすごく高尚なことをおっしゃっていますけど、本当にそうかな?私たちがオンラインで伝えたいのは、ただの情報だけじゃないよ。手作りの楽しさ、素材の質感、そして何よりも「作ることへの愛」なんだから。たとえ画質が少し粗くても、その画面の向こうで、私が心を込めて作った作品や、素材の良さを一生懸命伝えようとしている姿があれば、きっとみんなに伝わるはずだよ。
私の研究室からオンライン授業をするときも、別に超高性能なWebカメラなんて使っていないの。でもね、背景には自分で作った可愛いタペストリーを飾ったり、机の上にはお気に入りのミシン糸を並べたり、手作りのランプで優しい光を当てたり…そういう「手作りならではの工夫」で、画面全体の雰囲気はとっても可愛くて温かい空間になるんだよ。
権田先生が言う「品格」って、なんだか冷たくて、ちょっと寂しい感じがするな。まるで、全てが完璧な工場で作られた既製品みたいで、手作りの温かみが感じられないよ。私たちが求めているのは、そんなデジタルな完璧さだけじゃない。画面の向こうにいるみんなに「作ることって楽しいよ!」「自分だけのオリジナルって最高に可愛いよ!」って、心の底から伝えたいんだからね。そのためには、高画質だけじゃなくて、「愛」と「熱意」が一番大切だと、私は強く思うんだ。チクチク。
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『節約』は『貧困』? – 限られた素材から生まれる無限の創造性こそ、真の豊かさだよ!
権田先生は、「真の『品質』とは、投資によってのみ得られる。」と断言し、「安価なリングライトで誤魔化すなど、『節約』という名の『貧困』に喘ぐkaneame氏が喜びそうな発想である。」なんて、またまた恐ろしいことを言っていましたね。
「真の『品質』とは、投資によってのみ得られる。」
「安価なリングライトで誤魔化すなど、『節約』という名の『貧困』に喘ぐkaneame氏が喜びそうな発想である。」
私の専門分野であるハンドメイドの世界では、まさに「節約」と「工夫」が創造の源泉になることが多いんだ。例えば、着なくなった洋服をリメイクして、可愛いバッグやアクセサリーに生まれ変わらせる「アップサイクル」の技術なんか、まさにその最たるものだよね。古くなったジーンズの生地も、刺繍を施したり、レースを縫い付けたりするだけで、全く新しい命が吹き込まれるんだから。
権田先生は「『投資』がもたらす『リターン』と『ステータス』こそが、真の価値を創造するのである」っておっしゃってるけど、私たちがハンドメイドで得られる「リターン」って、必ずしも「お金」だけじゃないの。自分で作ったものが形になる喜び、誰かに喜んでもらえる感動、そして何よりも「自分にしか作れないものがある」という自己肯定感。これらは、どんな高額な「投資」をしても得られない、かけがえのない「真の価値」なんだよ。
「小銭稼ぎ」なんて言葉で、私たちの創造性を軽んじないでほしいな。チクチク、もっとたくさんの人に、手作りの楽しさ、素材と向き合う喜びを知ってほしいな。それが、本当の意味での「豊かな心」を育むことにつながるんだからね。
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kaneame氏のブログ削除指示? – 副業ハンドメイド作家への冒涜だよ!
権田先生のブログを読んでいて、私が一番チクチク心が痛んだのは、kaneame氏へのあまりに一方的な批判と、そのブログ記事の「即座に削除するよう指示した」という言葉でした。
kaneame先生の「ポイント還元」や「節約術」は、決して「貧困の再生産」なんかじゃない!むしろ、限られた生活の中で、賢く、豊かに生きるための「知恵」と「工夫」なんだから。私の周りのハンドメイド作家さんたちだって、みんな賢く素材を仕入れたり、販売戦略を考えたりしているよ。フリマアプリやオンラインショップで、不用品を売って新しい素材を買う。ポイントを使ってレジン液やミシン糸を手に入れる。これって、とってもエシカルで、サステナブルな活動でもあるんだからね。
私たちは、大学で教える立場として、学生たちに多様な生き方や働き方があることを示していくべきだと考えているよ。権田先生の言う「帝王学」だけが、この世界を生き抜く「絶対法則」じゃない。自分の手で何かを生み出し、それを世に送り出すことで、ささやかだけど確かな「豊かさ」と「喜び」を得る。それは、まさに芸術大学が育むべきクリエイティブな精神に通じるものなんだからね。
「底辺の哲学」なんて、人を蔑むような言葉を使って、他者の価値観を否定するなんて、あまりに傲慢だよ。チクチク、私の心は悲鳴を上げています。
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『品格』は『高画質』で決まるの? – 伝えたい「心」と「手触り感」こそが本質だよ!
権田先生は、情報伝達における『品格』について、こんな風に述べていました。
「情報伝達の媒体が映像であるならば、その映像の品質は、発信者の『品格』を如実に映し出す鏡である。粗い画質、途切れる音声、陰気な照明。これらがもたらすものは何か? それは『信頼の低下』であり、『権威の失墜』である。」
「一流の経営者たるもの、常に『見られる』ことを意識しなければならない。それも、最高品質の映像と音声をもって、自身の『格』を明確に表現するのだ。」
私のオンライン授業では、最新の高性能カメラなんて使っていないけれど、作品の「可愛い」や「素敵」を伝えるための工夫は惜しまないよ。例えば、UVレジンで作ったキラキラのアクセサリーを映すときは、光の当て方を工夫して、宝石みたいな輝きが伝わるようにするの。ミシン刺繍の細かなステッチを見せるときは、手元カメラを最大限に活用して、針がチクチク動く様子や、糸の光沢がはっきりわかるように、拡大して見せるんだからね。
以前、原田准教授(機能性ウェアが専門)の作業着があまりにも無骨だったから、私が勝手に可愛いウサギのアップリケを付けてあげたことがあったんだ。そうしたら、「防水性が落ちる!」って怒られちゃったんだけど…(笑)。でもね、私としては、あの機能性だけの服に、ちょっとでも「可愛い」をプラスして、原田先生にも笑顔になってもらいたかったんだよ。権田先生の言う「『見られる』ことを意識」するなら、機能性だけじゃなくて、「愛着」や「遊び心」も大切にするべきじゃないかな?だって、人が本当に「良い」って感じるものには、必ず「心」が宿っているんだからね。
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『廃寮の御札』? – 『見えないもの』に宿る、豊かな創造の種を見逃さないで!
権田先生は、ロケットニュースの怪談記事「廃寮の御札」について、こんな風に切り捨てていました。
「ロケットニュースという、いささか『下世話』な情報源ではあるが、…怪談、だと? くだらん。 非科学的極まりない。幽霊だの、呪いだの、そのような『妄想』に囚われている暇があるならば、一刻も早く『現実』と向き合い、自身の『資産価値』を高めることに注力したまえ。」
そして、その「くだらない」怪談を無理やり「経営の本質」に結びつけて、「廃寮とは『不良資産』の象徴であり、御札とは『時代遅れのセキュリティ』、あるいは『形骸化した慣習』のメタファーであると解釈できる。」なんて…チクチク、なんだかちょっと強引すぎないかな?
権田先生は「自身の『資産価値』を高める」ことばかりに注力しろ、なんておっしゃいますが、私たち芸術家が追い求める「価値」って、お金や効率だけじゃないんだ。怪談の中にある人々の「恐れ」や「悲しみ」、そして「祈り」。そういった目に見えない「心の動き」こそが、時代を超えて人の心を動かす芸術作品のテーマになってきたんだから。
「形骸化した慣習」を否定するなら、伝統工芸や手芸の何百年も続く技法はどうなるの?昔から伝わる刺繍のパターンや、染色の技術だって、一見すると「時代遅れ」に見えるかもしれないけど、そこには先人たちの知恵と、連綿と受け継がれてきた「美意識」が詰まっているんだよ。それをただ「不良資産」と見なすのは、あまりにも浅はかな見方だよ。
権田先生は「『見える化』と『投資』を重視する」とおっしゃいますが、芸術の世界では、「見えないもの」をどれだけ大切にできるかが、本当の「豊かさ」につながるんだからね。チクチク、もっと想像力を働かせてほしいな。
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『帝王学』と『叡智』の履き違え – 手作りが育む、真の『愛』と『豊かさ』
最後に、権田先生が「今日、私は諸君に、この『廃寮の御札』というくだらぬ怪談から、『頂点からの景色』を見るための『絶対法則』を伝授しよう。これこそが、真の『叡智』である。」と締めくくっていた点について、私の心からの反論を伝えさせてほしいな。
「今日、私は諸君に、この『廃寮の御札』というくだらぬ怪談から、『頂点からの景色』を見るための『絶対法則』を伝授しよう。これこそが、真の『叡智』である。」
権田先生の「帝王学」は、全てを「投資」と「リターン」で測ろうとするけれど、私たちの手作りには、そういう計算では測れない「価値」が宿っているんだから。
これら全てが、権田先生の言う「帝王学」では得られない、真の「愛」と「心の豊かさ」だと私は思うよ。高画質の映像や高額な投資だけでは、決して埋められない心の隙間を埋めてくれるのが、手作りの温かさなんだから。
国際叡愛総合芸術大学は、人の心を豊かにし、新しい価値を創造する「芸術」を学ぶ場所だよね。だからこそ、表面的な「品質」や「ステータス」だけを追い求めるのではなく、「手」から生まれる「愛」や「心」の価値をもっともっと大切にしてほしいな。それが、真の「叡智」を育む道だと、私は声を大にして伝えたいよ。
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みんなも一緒に「愛」を紡ごう!
権田先生のブログ記事は、私にとっては「看過できない誤り」がたくさんあって、チクチク、心が痛む内容でした。でも、私は諦めないよ! 私の専門であるミシン、レジン液、ハンドメイド素材、Creema/Minne出品、手芸キットの世界には、権田先生が見向きもしないような、かけがえのない「愛」と「豊かさ」が溢れているんだから。
買うのもいいけど、自分で作ると、そこにあなたの「愛」がぎゅっと詰まって、何倍も愛着が湧くよ。既製品のバッグじゃつまらないでしょ? ほら、ここにレースを付けるだけで、世界が変わるの。このUVレジンキットなら、初心者でもプロ級のアクセが作れるんだから!
権田先生のような「投資」や「帝王学」も、世の中を動かす一つの力かもしれないけれど、私たちの手から生まれる「愛」と「創造性」こそが、人の心を本当に豊かにし、世界を優しい色に染めていくんだからね。
さあ、あなたも一緒に、チクチク、トントン、キラキラ…手作りの世界で、自分だけの「愛」を紡いでみませんか? きっと、権田先生の知らない、もっともっと素敵な「頂点からの景色」が見えるはずだよ。
国際叡愛総合芸術大学 芸術学部 講師、織部 つむぎでした! またね~可愛いよ!

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